すごく当たり前の内容です。
思うんだけど、演劇部は早く部門制にするべきだ。部門制ってのはつまり仕事をカテゴライズするということで、たとえば思いつく限りでも「照明」「音響」「大道具・衣装」それともちろん「キャスト」「脚本・演出」などである。
部門制にすることで得られるメリットは三つある。
1、それぞれが自分の専門分野を持つことでの技術的向上。演劇自体の質を保ち、向上させることが何より急務である。現状、誰がどの仕事をするかは明確に定められていないと思う。面白い本を書いてきた人が脚本家・演出家となり、互選で決定するキャスト、時間が空いたから行う照明、音響。現状のままだとどの役割も中途半端に終わり、演劇の質向上は偶然の産物となる。専門分野を持つことで部員が責任感や自分の役割への誇りを持ち、また継続的にその分野を担当することでノウハウが蓄積される。
2、スペシャライジングされ、それぞれが自らの役割を担当することで必然的に部内の意識は改善される。これまで、僕らの代が半ば「一企画として」あるいは「(結果的に)片手間として」演劇をしていたおかげで、部内には曖昧な意識が残っている。しかし部活化してしまった以上、特に中一などが参加している現在、彼らは麻布での貴重な六年間を演劇部に費やす可能性があるという重大な事実を受け止めなければならない。部としての意識改革は初動が肝心だ。上下関係はどこまでケジメをつけるのか、どのタイミングで気を抜くのか、練習への参加はどれくらい絶対的なのか。決定に必要なのは決定に向かう意志、熱意である。意志、熱意はスペシャライジングにより生まれる。
3、人材の発掘。僕らの代ではあまり意識していなかったと思うが、重大な問題である。この前の文化祭での様子を見るに、昔よりは意識しているが、それでも十分でないと思えた。人材の発掘を効率よく行う何よりの方法はスペシャライジングだ。部門間の移動はあまりフレキシブルにしない方が逆にいいだろう。一番最初に入ると決めた部門には少なくとも一年は従事し、二公演は経験するべきである。才能は一夜では表面化しない。キャストのように目に見える成長でもそれを認識することは難しい。いわんや照明や音響をや、である。しかし照明や音響こそ才能が必要とされる。そして、照明や音響に天賦の才を持つ人は必ず存在する。
部門内の人数比はどうでもよい。一番大切なのは、照明は照明担当が、音響は音響担当が、キャストはキャスト担当が、持続的に行うことである。そして、自らの職域を超えない努力をすることである。アイデア交換をしないということではない。アイデア交換はむしろ積極的に行うべきだ。しかし、実際に行うのは部門別でなければならない。
今すぐに実行するのは不可能だと思います。しかもスペシャライジングが最善の策かどうか、やってみなければわからない部分もある。でもやってみる価値はあると思う。まあ、この意見を直接後輩に言ったりするわけじゃないし、ましてや強制することもない。でも、こういう意見を言ってみたりすることの方が、別段素人のボクとかが演技指導とかしたりして見当はずれのこと言ってしまうよりも、少しはいい方向に進んでいく糧になるかな……って思う。もしこれを読んだ後輩がいたら、ちょっと考えてほしいな。特に、部内の意識改革については笑
まあ、ボクとしては今の演劇部にこれ以上何かしたりするつもりもないし、というより出来ることもないので、静かにしてますけどね。
それとは別に、演劇をやりたい。台本あらかじめ配っておいて、一日で半立ち稽古くらいから始めて完成まで持っていけないかな。
あと脚本も書いてみたい。
まー、言い出したらキリないわなあ。とりあえず毎日ほぼ勉強してるだけなんで、心が疲れてるのね。変なこと言ってもそっとしておいて下さい。最近は、なにかものすごいファッションやらかしたい。それで学校いく。Z会もいく。ドン引きされたい。
声無き悲鳴。
三条葵。
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